人物

中村哲医師の経歴・功績がすごすぎる!活動内容や家族についても

2019年12月4日に飛び込んできた悲しいニュース。

危険をかえりみながらも発展途上国の貢献に長くかかわってきた日本人医師の訃報。

NGOペルシャワール会の代表・中村哲さん

日本ではあまり知られていない方かもしれませんが、彼の功績は、想像をはるかに超える大きな大きなものでした。

中村哲医師のwiki経歴・功績・活動内容

名前(読み方) 中村哲(なかむら てつ)
Tetsu Nakamura
生年月日(年齢) 1946年9月15日(74歳)
出身地 福岡県福岡市
血液型
身長/体重
趣味/特技 登山・昆虫採集
所属 ペシャワール会 現地代表
ピース・ジャパン・メディカル・サービス(PMS)総院長

出身は福岡県福岡市

大学卒業まで福岡・九州の土地から離れずに地元で勉学に励みます。

海外での活動がはじまるきっかけ

九州大学医学部卒業後すぐに勤務したのは国内の病院

 

海外での活動へ一歩踏み出したのは1984年。当時38歳

パキスタン北西辺境州のペルシャワークに赴任され、20年以上ハンセン病を中心とした医療活動に関わります。

 

若いころから「日本に医療過疎地域のために医療に従事する」と使命感を抱いていた中村医師。

医師として働くうちに「パキスタンやアフガニスタンの医者のいない地域への診療」をしたいという思いに変わっていったようです。

 

アフガニスタン発展への功績

パキスタンでの活動が長かった中村さん。

パキスタン国内の政府の圧力の影響で活動を続けることが難しくなり、拠点をアフガニスタンに移します。

 

海外での活動をはじめた当時は、医師としての活動を中心に関わっていたのですが、その後、医療分野だけでなく、アフガニスタンという国の発展のための活動にも精力的に加わります。

 

そのきっかけが、2000年に発生した干ばつ

干ばつの影響で、地域には感染症が蔓延し、子どもたちや小さな命が亡くなります。

 

「実際、病気のほとんどが十分な食料と清潔な飲料水さえあれば防げるものだった」

と著書で述べていることからわかるように、感染症から命を救うという発想ではまかないきれない根本的な問題『干ばつ』にアプローチすることにつながったのです。

中村医師がアフガニスタンで関わった事業

2000年~飲料水・灌漑用井戸事業

2003年~農村復興のための大掛かりな水路事業

2016年~現地人が自分で用水路を作れるよう学校の準備

これらの灌漑・井戸事業は、アフガニスタンにさらなる貢献を果たします。

それは『雇用問題』

 

元々産業が少なく、兵士として傭兵せざるを得なかったアフガニスタンの若者の雇用。

灌漑・井戸事業が始まることで、約200万人もの雇用を生み出したのです!

ちなみに、この200万人のすごさ。

現在アフガニスタンの人口が2,916万人ですので、人口の約15%分の雇用者ということ。

人口の15%。
現在1億2,600万人の日本で例えると約1,900万人の雇用を産みだしたということ。

これって、すごすぎることですよね。

 

日本・海外での受賞の数々

このような国の貢献に大きくかかわってきた中村医師。

個人として、そして活動している団体・ペルシャワール会として、日本国内ではもちろん、アフガニスタンの国でも数々の表彰を受けています。

例えば

2003年 マグサイサイ賞 受賞

2004年 イートハーブ賞 受賞

2013年 福岡アジア文化賞大賞、菊池寛賞

皇居に招かれ、アフガニスタンの現況報告をされたり、

TV番組で取り上げられたこともありました。

 

そして2018年には『アフガニスタン国家勲章』を受賞したばかり。

 

中村哲医師の学歴 ~中学・高校・大学~

中学:西南学院中学校(福岡県福岡市)

高校:福岡県立福岡高等学校(福岡県福岡市)

大学:九州大学医学部

医師として大学で勉強された中村医師。

医者と言えば、みなさんご存じのように非常に頭の良い方が就く職業ですよね。

 

九州大学といえば、国公立の大学で医学部偏差値は55~67!

宇宙飛行士の若田光一さんや、『世界の中心で愛を叫ぶ』を書いた小説家・片山恭一さんが出身の大学でもあります。

中学・高校も有名学校!

そして、中村医師が通っていた中学校、高校も名門!

私立の西南学院中学校の卒業生は

  • 俳優・陣内孝則さん
  • 芸能レポーター・井上公造さん
  • 俳優・松重豊さん

どの方々も、ユニークで自らの道を突き進んでいらっしゃいますよね!

 

福岡高等学校は、偏差値72の超がつくほどの頭の良い学校!

福岡県内では『御三家』の一つとされているんですって。

卒業生は

  • 小説家・大西巨人さん
  • ノーベル賞受賞者・大熊良典さん
  • ラグビー日本代表・福岡堅樹さん

といった、数々の大学教授や社長、アナウンサー、小説家なんかも輩出されている高校です。

ラグビー部の歴史も長く、多くの日本代表選手や監督の出身校でもあります。

 

中村哲医師の家族

38歳の時から海外での活動に従事されていた中村医師。

家族はいらっしゃるのかというと、妻・尚子さん5人のお子さんがいらっしゃるようです。

 

今回、襲撃による訃報を受けて、奥さまである尚子さんはこのように語っています。

「悲しいばかりですよ。残念です。きょうみたいな日がこないことだけを祈っていた」

「場所が場所だけにあり得ると思っていた。家にずっといてほしかったけど、本人が(活動に)懸けていたので…」

できれば安全な日本という土地で、一緒に暮らしていたかったという妻・尚子さん。

それでも、夫・哲さんがアフガニスタンといった発展途上地域への貢献活動に懸ける思いを応援して日本で待っていた姿。

ご家族の思いは、私たちには計り知れないものだと思います。

 

まとめ

日本から遠く離れた土地で、偉大な功績を残してきた中村哲医師。

常に危険と隣り合わせにある環境で、国を発展させる偉大な事業に関わりつづけたという強さ。

悲しすぎる現実。

心からご冥福をお祈りいたします。

POSTED COMMENT

  1. KZSEIMARU より:

    ある企業のHPの仕事で、目立たないけれども社会に有益な仕事をした人を顕彰する記事を10数年にわたり取材・執筆したことがあります。作家の方が執筆されたり、私が書いたりでしたが、その中でペシャワール会のメンバーとしてアフガンに出向き、テロで殺害された伊藤和也さんのことを取材、初めて中村さんたちの仕事を知りました。伊藤さんは静岡県の農業高校を出てアフガンにわたり、現地の人たちに灌漑技術や農業技術を指導していたようです。中村さんの人柄に魅かれ、生涯アフガンにとどまる心づもりだったと、ご両親に伺いました。アフガンの女性と結婚する予定だったとも。その伊藤さんだけでなく、中村医師に銃口を向けたテロリストたちはいったい何を目指しているのでしょうか。悲しみと憤怒を覚えます。と同時に、今後のアフガンでのペシャワール会の事業がどうなるのか、何とか継続してもらえればいいのですが。

    • tori より:

      KZSEIMARU様
      貴重なコメントをありがとうございます!

      そうですね。彼らがどんな思いで中村医師の命をとることになったのか、直接本当の思いを聞いてみたいです。
      以前何かのメディアで、銃を持ち引き金を引いている人たちには、本当に殺害したくてしている人ばかりではないと耳にしたことがあります。彼らも生きることに懸命であり、理由があるのだと。
      日本にいる私たちが見ている世界と、彼らが見ている世界の違い。果てしなく遠い世界であり、根本にある思いは同じ世界なのかもしれません。
      「世界平和」とかそんなビックな言葉を軽率に使って良いのかわかりませんが、全ての世界の人において、平和で安全でしあわせな時間が訪れることを願うばかりです。
      中村さんの、そしてペシャワール会の思いが、継続してくれますように。

  2. ヤギちゃん より:

    クリスチャンである、中村先生自分の信仰と関わりなしに、モスクを現地の人の心のよりどころとして建てる。同じクリスチャンとしてもその心の大きさに驚きを感じます。家族の方々の慰めをお祈りします。

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